丸月インタビュー『これまでの活動〜曲作りについて』 Part.1 | 丸い月の下

2021/10/21 15:33

2010年1月からスタートした。丸い月の下の活動。

約10年間の活動を経て初めてのアルバムを今回リリースする。その活動の内容や丸い月の下の音楽、世界観どんな作曲方法をしているのかそして、アルバムがどのような気持ちで作られたのかどんな魅力を込めたのかなど、丸月の2人やサポートメンバーにインタビューした。

 

丸い月の下結成、音楽活動について 

 

丸い月の下は、どうやって結成されたのか。2人の出会いは?

 

ヒロユキ

それまでカバーバンドやコピーバンドをやっていました。主にフュージョン、ファンク。ファンクはアコースティックスタイルでやっていました。アコースティックピアノ、パーカッション、ボーカルの2人、エレキベースという、今思えば変わったスタイルですよね。

 

アキノ

私はギターの人とオリジナルポップスのデュオスタイルで活動してました。当時はボーカルだけじゃなくてピアノも弾いてました。今の丸月と同じで、基本は2人で、たまにバンドスタイルで演奏することも。バンドの場合に入ってもらってるベーシストがひろゆきさんのファンクバンドでも弾いていて。

 

そんなこともあり、ライブの会場とかでお互い知っていた。ある時帰りが一緒で、アレンジについて少し悩んでいた時期でもありその相談をヒロユキさんにしてみたんですね。

 

ヒロユキ

そうそう。その頃ちょうど自分が主催するイベントを控えてて。自分が鍵盤で、ボーカル4人とそれぞれ演奏するっていうイベント。そこにアキノに出ない?って誘った。そこで初めてアキノのオリジナル曲を演奏してみたり。いつもとは違うアレンジをしてみたり。

 

アキノ

それがとても新鮮で、自分から出てこないアレンジだったりして、そのイベントと準備期間を通して、ピアノを弾いてもらうことで歌に集中できる良さも知りました。その後もスタジオに入りオリジナルの曲を作ってきました。

 

 

曲はどうやって作っていったんですか?

 

ヒロユキ

アキノが作詞作曲しアレンジするというスタイルももちろんだし、作曲はアキノ、作詞は自分ということも。その逆もあるし。特にルールを決めずに曲が生まれてきました。

 

アキノ

このスタイルは今でも変わりませんね。新鮮さみたいなものはちょっと違うかもしれないけど(笑)

今は今でまた違う楽しみ方で曲作りしていたりするかも。

 

ヒロユキ

そうだね。今までにない曲とか今までにないアレンジを求めて少し違う切り口であえて曲を作っていくこともあります。

 

 

はじめてのライブはさっきのイベント?

 

ヒロユキ

丸月としてのはじめてのライブはそれから半年後くらい。新宿のゴールデンエッグでいきなりワンマンライブ。それが2010年7月。40人から50人位のキャパのライブハウスだけど、立ち見になっちゃうくらいお客さん見に来てくれた。

 

アキノ

今まで聞いてくれたファンの人たちも来てくれて、それまでに聞いて知っている曲も、全然違うアレンジに喜んでくれて、反応も上々だったですね。なにより、自分だけで曲作りしていた頃はアレンジのパターンが結構決まってしまっていて、そこから抜け出せないストレスから解放されました。新しい世界がどんどんできていきました。

 

 

共作だと自分のイメージと違うアレンジになったり、それはそれで難しいんじゃないですか?

 

アキノ

もちろん自分のイメージと違う形が出てくることもあるけど、それは自分がイメージしていたものより良いものだったし。ちょっと違うかな?と思ったら、言いたいことを言える人でしたし。年齢が離れてることもあったけど、何よりヒロユキさんだから許してくれた。笑

 

ヒロユキ

許してたかなぁ?笑

アレンジのリクエストは、歌詞や曲の世界観、情景なんかをあの手この手で断片的に伝えてくれる。それを自分の中で解釈して、自分の中にストックしてあるアレンジのパターンに変換したり、新たに発見したりしてアウトプットします。

 

アキノ

あの手この手で伝えていくと、時間はかかっても伝わる。日頃から私が好きな音楽やアーティストを言うと、いつの間にかそれらを聞いて勉強してくれてました。だから私の中で描いているイメージが伝わり安かったんでしょうね。イメージ通りかそれ以上のものが出来上がってくる。それがとても気持ち良い作業でした。


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